ワーキングホリデー3 Perth パース

ワーキングホリデー

ワーキンホリデー中、ほとんどはメルボルンに居ましたが、ファームでNSWの山奥に2か月、セカンドビザの後半WAパースに2か月、他は数日QLDブリズベーンに滞在しました。(バンダバーグの苺ファームへ行く途中)今回はパース6年前の話と、最近のことも少し含めて書きます。

Melbourne VIC → Perth WA パース ウェスタン オーストラリア

セカンドビザ取得後、大好きな街メルボルンに舞い戻った訳ですが、2年目ともなると最初ワーキンホリデーとは状況は変わり、語学学校で知り合った子達はほぼ母国へ帰ってしまい、やることと言ったら、働く、英語を自力で学ぶ、数少ない友達とたまに会う。メインはアルバイトでした。月曜から土曜日、フルタイムで働かせてもらえたのは良かったのですが、毎日毎日、夜遅くまで働き、帰っては1人でテレビを見ながらビールを飲み、また朝を迎える日々でした。

当時住んでいたのは、ToorakトゥーラックとMalvernマルバーン近くののシェアハウスの一室を借り、シェアメイトはコロンビアンカップル、2人のコロンビアン女の子、と後から入ってきた1人のブラジル人の女の子でした。それぞれに皆忙しく、顔を合わせることは滅多にありませんでしたが、1,2回ほど、週末に一緒に飲んだり、ラテンミュージックを聞きながらダンスを教わったりしましたが、あとはバイトと自宅の行き来のみの生活。

とある日、閉店すぎても一向に帰らない帰らないお客さんがやっと帰った日のバイトの帰り道、それは夜中12時近くでした。「辛い思いして取ったセカンドビザなのに、私一体何してるんだろう。」と、精神的に弱り、涙したこともありました。そして、セカンドビザ残り約5カ月となった時、「アジア人が少ないパース、ヨーロピアンが多い。」との情報を聞いていてそのことに興味があったのと、ある占いを見て「西に行くと運気が上がるでしょう」即

「そうだ、パースへ行こう!」

決めました。勢いです。今思うとなんて浅はかな考えだったんだろうと思いますが(笑)

そんなことで、お世話になったバイト先のボスとその奥さんに感謝の挨拶をし、すぐにパースの数日間のステイ先を見つけ、航空券を取り、荷物をまとめ、パースへ発ちました。

初のPerth Airnbn

安いチケットを取ったのまでは良かったのですが、着いたのは朝5時。チケットを取った時には余裕だろうと見込んでいましたが、いやいや、甘かった…。重い荷物を運び、お店はもちろんまだ閉まっていてシーーーンとした街をただひたすら歩く。最初は綺麗な街並みに心も弾んでいたのですが、数時間後にはぐったり。やっと開いたマクドナルドへ行き、朝マック。そしてただひたすらチェックインの時間を待つばかりでした。

日本人の奥さんとNZの旦那さんがホストをしていた、パース西南のAirbnb エアビーエヌビーに2泊3日で予約しました。その間に何とかして住居を見つけようと。初日はぐったりしながらも14時まで街をぶらぶら、何とか持ちこたえ、バスにて移動し無事にチェックインしました。奥様はとっても気さくな方で、パースが初めてだと告げると、パースの街が一望でき、夜景がきれいなことで有名なキングスパークに夜連れて行ってくれました。次の日からはひたすら住居探し。取り合えず移動が楽な近場で探そうとオーストラリア情報サイトGumtree Perthで探し、運よく1件目で決まり。「これも西の運気アップ効果!?」と完全に踊らされていた私でした。新しいシェアハウスは、Airnbnから徒歩約15分。歩いていきました。

シェアハウス・シェア生活での話

既にいたハウスメイトは4名、私を含め5名でのシェア生活が始まりました。3人がマレーシア人(内2人男子・1人女子)後の1人はイタリアに移住していたブラジル人男子。初めは警戒心と緊張でしたが、1人1人に挨拶すると皆気さくで話しやすく、直ぐ打ち解けられました。しかし、みんなそれぞれに違った境遇だったので会うことは滅多になかったです。その中の1人、ブラジル人のクリスは私と同い年で、イタリアに奥さんと小さな男の子2人を残しオーストラリアに来たそうで、仕事は建築作業員。「僕は必ず家族をオーストラリアに連れてくるんだ。その為に今は辛い仕事でも耐える!」彼はイタリアではオフィスワークだったそうで、でもオーストラリアに来て同じ職にはつけず、建築関係はお給料も良かったために決めたそうです。いつも彼は家族の話、奥さんとの馴れ初め、そして彼の熱意も教えてくれました。私はただただ彼や彼の奥さんに尊敬し、私も頑張らねば!と就職活動始めました。

クリスには会うことが多く、ある日、彼のイタリアの友達(学生)を紹介され、「僕らこれからご飯作るけど一緒に食べようよ!」とのお誘いが。超人見知りだった私は「ありがとう、でもいいよ。」断り部屋に入ってたのですが、なぜかノックノック「できたよーおいでー。」

あっれー?(*_*)?通じてなかった?

とにかく彼らの折角のおもてなし、一緒に食べました。本格イタリアンで美味しかったのですが、当時お肉が苦手だった私はビーフを避けて食べていたところ、イタリア君が「何してんの?ダメダメ!作って貰ったら全部食べるのがイタリアのしきたり!ほら、美味しいから食べなー」優しいけど鬼だー、頑張って間食しました。イタリアン文化も知れたので、いい経験と思い出になったと。食事も終わり、「お礼に片付けと食器洗いするよ。」すると「何言ってんのーいいよ、僕らが招待したんだから気にしないで。」そんな返事が来るとは思わず、しつこく手伝おうとしたのですが、「いいから、いいから!次に何かご馳走してー!」の一転張り。申し訳ないなと思いながらも、その言葉に甘えました。

パース生活 英語が通じない⁈

メルボルンではお店でも通じた私の英語がパースでは通じず、というのもメルボルンの人達は色んな国の人のアクセントを知っているので、ちょっと発音が違くても推測し、理解できるのです。一方、パースはネイティブスピーカーがほとんど、しかも彼らは他国の英語アクセントに慣れていないため、お店でも聞き返されることが多かったです。(Wwoof生活の時も同じでした。)今でも同じようで、私の彼の家族はパースに住んでいるのですが、彼らはよく私に聞き返してくるか、彼が通訳してくれます(笑)ちょっとのニュアンスでも意味が通じなくなるので発音は大切だとしみじみ思いました。今までの例の1つ、私が「Was it direct? それ直接だったの?」と彼の従兄弟のサムに聞いたところ、サムは「???」そして私の彼が「She said direct  ダイレークト」と通訳しくれると、「ああぁぁぁ!いや、直接じゃなかったよ。」通じました(笑)とほほ たまに彼にわざとアクセントをより強調して言ってみて遊んでます。ネゴシエイト=ネーーーーーシエイトゥッ……フォトグラファー=フォトァーーーーグラファー (ウザがられるだけですが。)

パース 私のお気に入りスポット

暇さえあれば行っていた、Fremantle フリーメンタル。パース市内から電車で約40分。美しい海と散歩ができる海岸沿い、街並みも古くておしゃれ。電車から見える景色も良く、とにかく好きで何度も行ってました。フリーメンタル・プリズンは昔の刑務所。freeで少し入れますが、奥に行くには料金が掛かります。フリーメンタル・マーケット、色々なお店が入っていて見ていて飽きません。また、最近行った時にはラーメン屋さんできていて、美味しかったです。人気で有名なビール、Little Creaturesのブリュー工場があり、そこでは食事やビールが楽しめます。

Sorrento Beach ͡コテスロウ ビーチ 市内から電車で約20分徒歩5分ほど、バスなら市内から約30分ほどにあるビーチ。1人で散歩するだけでも癒されてました。

City Beach シティー ビーチ 市内からバスで約40ほどにあるビーチ。こちらも綺麗です。

最後の決断・さよならオーストラリア

当時、パースの経済は良く、時給もメルボルンよりもはるかに高く、最低時給は$20近かったのを覚えてます。しかし、ビザの残り期間が短いのもあり、何件か面接を受けましたが決まらず…2ヵ月ほど経った時、「このまま居ても仕方がないし、パースに住めたことだけでもいい思い出になった。もう日本帰ろう。」残り2ヵ月残っていたビザも諦め、本帰国を決めました。イタリア君、ブラジリアン・クリスが空港まで送ってくれ、一期一会、涙ながらにさよならし、オーストラリアの思い出を噛みしめながらパースを発ちました。

(帰国途中、バリ島5日間、台湾台北2泊と友達に会いに台北から南約電車で2時間の花蓮に5日間滞在してから日本帰りました。)

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